温かな光の下で はーとあーと原画展

光が揺れる窓辺で静かに佇んでいる一枚の花の絵。

その絵を見るとふうっと肩の力が抜け、静かな優しさが染みてくる。

はーとあーとの活動の場で撮った一枚。

 

家に帰って写真を見ている時、なぜだかその絵を見ると、すっと心が静かな場所へ連れていかれる気がした。

すぅっと吸い込まれる。

 

温かな涙のたまるような場所へ。

 

展示会が始まって絵が運び込まれ、それぞれの絵に名前がつくと、

謎がすとんと解けた気がした。

 

やっぱり望君の絵だった。

 

望君の絵があるから、ここはこんなに優しい。

 

 

はーとあーと倶楽部は、金立特別支援学校の卒業生とそのお母さんたちが立ち上げたアート倶楽部だ。

 

卒業後もみんなと過ごせる場を、と立ち上げたこの倶楽部では、絵筆を握れない子にはスタンプやはけなど、

工夫に満ちた道具を準備し、みんなで絵を描いている。

 

小さな体が思い通りにならなくても、真摯に絵に向かう背中にいつも胸がいっぱいになる。

 

はーとあーとに参加するたび、そこにどうしてこんなに豊かで光に満ちた空間があるのか不思議に思っていた。

体が思い通りにいかなくて、時に涙する子も、しばらくすると

また絵を描く道具を握る。

 

一生懸命握る。

 

ふっと気づいた。

 

誰かが弱ったり寂しそうにしていると、いつも誰かがそっと、その子が元気になるように、

フォローに行っている。

 

ちょっとしたいたずらで。ちょっとしたおしゃべりで。

 

車いすを押して、からかうように。

 

明るい世界に導く。

ああ。この子たちは仲間がいるから、こんなに明るく笑っているんだ。

ここに朗らかな明るさが満ちているんだ。

 

そういえば、一番最初に行った時も、そうだった。

少しきつくなった望君の周りにさっちゃんがずっといた。

 

西村君はいっつも馬場君のことを自分の誇りのように、話す。

 

この子たちはお互いをものすごく大切にしている。

私は金立特別支援の学校薬剤師をしているけれど、在籍する医療ケア児たちは、呼吸器やけいれん薬などといつも隣り合わせだ。

寝たきりの子どもも沢山いる。

肢の不自由な子は校内をリハビリの機器を押しながら頑張って歩いている。

 

この子たちの歩んできた道は、不安や、苦しさが隣り合わせだったと思う。

きっとその中で、巡り合った友人たちは、彼らにとって本当に大切な友人たちなのだ。

そして、その中で出会ったお母さんたちも、きっと特別な人たちなのだ。

 

ただ、明るい道を歩んできたわけではない。

時には暗い夜も、心配で胸が潰れそうな日もあったと思う。

それぞれが、その闇の中でじっと光を見つめて歩いて来たから、彼女たちは、こんなにも強くて優しくて、

そして本当の美しさを持っているのだろう。

 

時折彼女たちは、羽根が生えた天使たちのように見える。

知的なウィットにとんだ。

 

そのお母さんに育てられた子どもたちだから、自分を大事にして、相手を大事にすることを知っているのだと思う。

 

一人一人が本物の輝きを放ってるのだと思う。

障害を持った人も一緒に歩く人も、時に不安に押しつぶされそうになることがある。

でも、そんな時、贈り物のように、出逢えるものがある。

 

出逢える人がいる。

 

 

展覧会の搬入があった日、

家族の容体が悪く、私もまた弱っていた。

 

だけれど、この温かな光に満ちた絵たちが揃う空間にいると、体の中にじわじわと満ちてくるものがあった。

 

 

 

さっちゃんの濃い緑と明るい光が、また「おいで、おいで」

と言っていた。

 

明るい世界へ。

 

こころの弱った人もそうでない人も、

 

「おいで、おいで」

 

 

この温かな陽だまりのような場所へ。

 

きっとまた歩こうと思えるから。

 

 

弱ったら、馬場君の作る唐揚げを食べて、温泉に入り、

さっちゃんやはるかちゃんの笑顔を思い出せばいい。

 

 西村君の偉大な哲人のような佇まいを思い出せばいい。

 

はーとあーとのみんな。

 

いつも本当にありがとう。